Hitsuji Ram
Image
画像メーカーによるイメージ画像です-
こちらの画像は配布物ではないため、動画等に用いないでください。
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- Picrew:おおきなネコヤギメーカー 人型形態のイメージ画像として、Picrewの画像メーカーを使わせていただきました。この場をお借りしてお礼申し上げます。いつか将来、勇気出して、このイメージ画像もとに立ち絵の有償依頼とかお願いしてみたいよな……。
profile
Basic info
基本情報- 項 目
- 内容
- 名 前
- 日辻 ラム(ひつじ らむ)英語表記は「Hitsuji Ram」
- 正 体
- 妖怪の一種といえなくはない、祟り神寄りの存在。触手。
- 性 別
- 不定。触手に性別はない。
- 年 齢
- 800~1000歳
- 誕生日
- 3月24日
- 一人称
- 「私」
-
口調
柔らかめの口調。「~だよねえ」「~かなあ?」「~でしょ?」など。
呼称
「~くん」「~さん」付け。大噛のことは「サン」呼び。
名前の由来
大噛に首輪掛けた後で「あなたがオオカミなら、私はヒツジを名乗ろうかな」と大噛に合わせて名乗ることにした。可愛くてふわふわで無害で穏やかな自分にぴったり!と主張しているが大噛は「どこが無害で穏やかだよ」と言っている。漢字表記は適当に当て字、名前の「ラム」は後日。人間の本でヒツジの英語名と知って付けた。
Appearance
見た目・姿について-
触手の姿
今も昔も変わらない、ザ・正体。
無数の青い触手の集合体で体積はとてもおおきい。大人一人くらい余裕で四方八方から触手で閉じ込める事が可能。
本人はこの姿をネガティブには思っていないが、一番プライベートな姿と捉えており、見せるのはちょっと恥ずかしい。この姿では声が出ず、言葉を交わせない。見えてるし聞こえてはいるが、発話が不可。
自発的には、声が発せずとも意図を汲んでくれると思えるような、完全に心許した相手にしか見せるつもりがない。水死体から模した姿
本人の自認では「他人に見せる用の、本来の自分の姿」。声が出せるから別にいい、と人間の細部を真似るほどこだわらなかった。
瞳孔が開ききった黒い目はハイライトがなく、ゾッとするほど白い肌に、血の巡らない冷たい体温、生きた人間であれば通常曲がらない方向に曲がっている関節。長い髪と白い衣は水死体の女がまとっていた物に近く、中は臓器の代わりに青い触手がみっちりと蠢いている。こわい。山の中で会いたくない。どうみても怪異。
大噛に戦いを挑まれた時も、山に来る人間に話しかけてコミュニケーションを取ろうとした時もこの姿だった。なお話しかけられた人間は発狂。
現代軸ではあまりこの姿になることはなさそう。大噛に手合わせを持ちかけられて、ちょっとがんばる時とかかな……。人間形態
人里に下りても怪しまれないことを最優先にした姿。作り物めいた美しさがあるが(実際作り物なので)、ちゃんと人間に見える。性別不定、その日の気分で男体か女体か選んでいる。昔は男の姿の方が多かった。(行動範囲が広がるため)
美人に作りたかったわけではなく、人里に下りた際に住人を参考にして顔や背格好を真似ると親戚に間違われるなど諸々面倒があったため、ポスターや似顔絵、写真や映画スターなどの「通りすがりでは見かけない顔」を参考にミックスしている。
最近の姿:
女性形態→160cm、黒髪+インナーカラー青かもしくは全て青色の、ウェーブがかったロングヘアのことが多い。大きな黒い瞳、柔和な笑み、白く陶器のような肌。服装は「人間のコスプレ」感覚でその時時で気に入った服を着ている。
男性形態→175cmくらい。身長は低くないのに、大噛と並ぶと線が細く見える。身体は薄い。ぬいぐるみ
お家にいる時の姿。青い羊のぬいぐるみで、腹側にチャックがついている。全長25cmくらい。かわいいね……。触るとほんのり温かい。器用に二足歩行する。
チャックを開けるとみつちりと蠢く触手が見える。SAN値チェックです。青の由来
日辻の体内・正体の触手が青色。感情が昂ぶった時は黒い瞳の奥で青い光が明滅し、涙することがあれば透明ながらもどこか青みがある液体が流れます。血の色、きっと青いんだろうな……と思うけど血を流すことがそもそもなさそうだし流れていない説まである。
体温
体温はない。原初に解析した人間が死体だったため、体温という情報が最初から欠落している。口の中とか冷たいんだろうな。
大噛と長く一緒にいた影響で、表層の肌などはほんのり温かくなっている。握手したら冷え性の人かな……くらいに誤認してもらえる程度には温かい。生き物ってあったかいんだな~の概念を体質に取り込み始めている。
values
内面・価値観-
性格
柔らかい口調の奥には人外の享楽主義と傲慢が滲む。仲良くなるとそういう素もみせてくれるかも。それでも表に出す感情は基本的に「喜」と「楽」だけ、怒りや悲しみを出す時も冗談めかした形でしか見せない。
本気で怒った時や悲しんでる時は表情が消える。整いすぎた顔から表情が消えるとゾッとするほど冷酷に見える。怒鳴ることはない。表情とは人間の模倣であり、模倣が出来ないとは模倣する余裕もない怒りであり悲しみである。
相手の感情や情報を読み取っていながらも、自分の欲求を優先する。悪いことに自分の欲求を優先してしまえる暴力も持っているし必要とあらば暴力を行使することを厭わない。目的を叶える手段があるのになぜ使うのをためらうの?と首を傾げる。
日辻の欲求といっても、基本は善意であり可愛い思いつきである。基本は。(大噛に可愛い恋愛ソングを歌わせたりするぞ)
また、ぬいぐるみとして同居している家の家主や家族に何かあれば、共に暮らしている相手だしと手を貸すと思う。死体埋めをノリノリで手伝ってくれるタイプ。可愛いお気に入りの人間のことを所有物としてみている節があり、所有物が誰かのせいで悩んだり悲しんでいたりするなら上から(上位存在から)目線で「こっちでやっとく?」って聞いてくれるタイプ。やる前に聞いてくれてよかったね。
ここ百年で読んできた本で人間の価値観もなんとなく分かってきたが、別に人間じゃない自分がその価値観になる必要ある?と思っている。他者の価値観を許容する事と、その価値観に同化する事は一致しない。
日辻は大抵のものは自力で手に入れられると自負しているし間違ってはいない。圧倒的に強く、死なず、欲しいものは力で手に入れられる。自分の道を阻むものがいれば排除すれば良い。ちっぽけな人間なら「少しばかり」囁いてやるだけで思うがままに動くだろう。
そうやって欲しいものを得るのに疑問も持っていないが、それはそれとして。「自分から欲しがる前に、誰かに選ばれてみたいな」と羊のぬいぐるみの皮を被った化物は淡い夢を抱いている。人間観と声
人間の存在意義は「面白いものや美味いものを作れること」。弱くてすぐ死ぬ存在の唯一の取り柄で、それをやめたら人間は全然面白くない、存在意義がないと本気で思っている。
「人間って弱くてすぐ死ぬのに面白いもの作るよねえ~」ってニコニコしてる。あまり個々の人間を認識することが今までになかった。ぬいぐるみとして人間の家に同居しているうちに、同居人の人間のことを初めて「かわいいお気に入りの人間」とみて名前を認識している。
人間の姿を取る理由の根幹にあるのは「声」および「喉」である。触手の塊だった頃には「呼びかける」機能がなかった。山の中、水死体を模して人の形を取った日は声を手に入れた日であり、声を出すのが楽しくて嬉しくて一日中はしゃいでいた。聞く相手がいなくても、声を出すだけで退屈が遠のいた。
……なお、山中にやってきた人間に、人間を真似て「こんにちは」と声をかけたらことごとく発狂して壊れてしまった。姿がどう見ても怪異であり、実際に怪異だったから仕方ない。最初は壊れるのを見て楽しかったけどワンパターンでつまらないし、人間がやってるみたいにお互いに「こんにちは」っていうのをやりたい!と試行錯誤した。
原因は、日辻が無意識に出す声には人間が聞いて理解してはいけない音が混じっており、あまつさえ「言葉」として発話されたことで理解できちゃう状態だったこと。人知を超えたモノを鼓膜から脳に叩きつけられる、SAN値直葬アイサツと化していたのである。こわ……。
他の妖怪たちを脅しながら「私の何が悪いと思う?」と助言をカツアゲし時間を掛けて加減を覚えた。今では人間に害を与える事なく言葉を発せます。
1910年代、本屋で「文字」に出会う。その人間が死んでもあり続ける、残る言葉、というものに衝撃を受け、本を読み始める。
History
来歴-
発生(平安期・1000~1200年頃)
とある山中にて発生した。同種の生き物はおらず、そもそも最初は自我なく徘徊する触手の塊だった。山の地脈から溢れる何かしらのパワーを吸い上げて存在を維持、成長。運悪く山中で出会った人間を例外なく狂わせる化物で、恐れた人間が社を建て捧げ物を捧げていた。捧げ物よりは人間の恐怖とか感情エネルギーを啜ってますます成長。ただし、自我はなく、何かが身体に触れればそちらに向かって触手を伸ばす、叩かれたら叩き返す、といった反応を返すそれだけの存在だった。長い年月のうちに視覚と聴覚を獲得。
自意識の芽生え(鎌倉期)
修験者が山に入り始めた頃、定期的に聞こえる法螺貝と経の音に規則性を発見することで「聴く」を獲得。意思を持つ他者の存在を知覚し始め、自我が芽生える。他者の存在の自覚なしには自我は生まれないため。善悪の概念もまだなかった。山中で男が女を殺害する場面を目撃し、死体から立ち上る怨念に「面白い」と思って戯れに力を分けてあげた。立派に女の怨念は男を祟り殺しているが、特に結末には興味がない。死してなお残るもの、についての興味だけで力を貸したにすぎない。
自我はあるがいつも退屈だった。何かが足りないが、何が足りないかわからない。そのまま数百年を過ごし、気づけば身に宿る強大な力をもって山一つを自分の縄張りにしていた。人間には「あの山には見ただけで気狂いになる化物がいる」と恐れられていた。声の獲得(1700~1720年頃)
江戸時代、時は大・心中ブーム! 山中の湖に心中した男女の死体! 死体が2つ並んで沈んでいるのを見つけた触手の化物は、「並んで壊れている人間」に興味を持つ。引き上げてみれば男女はお互いの手に縄をかけあって離れていかないように、そして間違いなく死ねるようにと足に重しをくくりつけていた。化物にとっては、わからない存在だった。しかして強烈に、初めて「並ぶ」概念を考えさせる出来事であった。
触手は考える。「この生き物を理解してみれば、『並ぶ』がわかるかもしれない」そんな気まぐれで死体を解体し、解析し、身体構造を学習した。なんかできそうだったので触手は不思議パワーで自分の体を変化させてみる。出来上がったのは客観的には人間を模した怪異の姿でどう見ても化物なのは変わらなかったものの、化物にとってはどうでも良かった。衝撃だったのは、「声」だ。発声器官を手に入れ、喉を震わせれば口から音が出る。「あ」「あー」「うー」と声を出す。遠い昔に聞こえた、自らを呼び覚ました修験者達の経が思い出される。これだ、と思った。
一日中、人の姿を模した化物は嬉しくて嬉しくてずっと声を出していた。
その後、長い年月を掛けて徐々に人間をSAN値直葬しない発声を覚えていく。たまに妖怪たちと「会話」をするが、怯えきった妖怪たちは化物の機嫌を損ねぬように神経を払うばかりであった。あと勝負を挑んでくる妖怪もいるけど全部返り討ちにしたら二度はこなくてやっぱり退屈だった。大噛との出会い(1890~1910年頃)
馬ほどに大きい黒い狼の妖怪が山の主である化物の噂を聞きつけ、挑んできた。秒で狼を負かせて「また来なよ」と手を振った。
「また来なよ」といっても、通常力のある妖怪は合理的に考えて、勝てないと判断すれば二度も挑みにはこない。力がある妖怪とは長寿な妖怪でもあり、長寿ということは力量差を見誤らないこととイコールである。
しかし数日後、傷の癒えた狼は再度挑戦しにきた。二回目も化物の勝ちだ。やっぱり秒殺。それでも狼は三回目もやってきた。鬼気迫る様子で、今度こそ首を取ると言わんばかりに挑んでくる。三回目で、化物はこの狼のことを個体として認識した。
お気に入りの狼はその後も何度も何度も懲りずに挑んできた。化物は狼をコテンパンに負かせながらも沢山狼に話しかけ続けた。狼は獰猛に吠えるばかりだったが、次第に簡単な言葉を発するようになっていた。喧嘩腰の言葉ばかりだったけど、化物はとっても楽しかった。段々と狼も強くなってきて、それも嬉しかった。
化物は、狼を「おおかみくん」と呼び、次に「おおかみさん」と呼び、そして「サン」と呼んだ。勝手に名をつけて、勝手に呼んでいた。狼は一度も許可を出していないが、勝手に呼ばせていた。敗者として甘んじて受け入れていたのか、それとも興味もなかったのか、化物は知らない。知らないが、呼びたいから呼んでいた。狼は許可を出さなかったものの、律儀に反応してくれたし。
勝負を挑まれて37回目、狼の爪が初めて化物の腕に深い傷をつける。傷口から覗く青い触手に、狼は目を見開いた。化物もびっくり。もっと狼のことが好きになった。勝負自体はやっぱり化物の勝ちだったけれど、傷をつけられる相手だと狼が諦めきれなくなった一つの節目だった。
47回目の勝負。これまたコテンパンに狼を叩きのめしたあと、化物は笑った。「私と一緒にこれからもずっと、遊んでね」言葉に宿るは呪い、圧倒的な力を元になされる強制的な契約。あえて言えばそれは首輪だった。狼は魂に刻まれた首輪と、そこから伸びる鎖が目の前の化物の手の内にあることを身を持って味わわされる。
狼は憎々しげに「わざわざ探して挑みに行く手間が省けた」と唸った。唸る大狼を前に化物は、初めて声を得た日と同じかそれ以上の歓喜の感情に身を震わせながら、笑みを隠しもせず自身に名前をつけてみせた。「あなたがオオカミなら私はヒツジにしよう」と。
……というわけで、いつでも化物もとい日辻が、狼もとい大噛に「日辻が求めた際は何を置いてでも日辻のもとに来る」契約を強制的に結ばせた。呼ばれたなら行かないといけない。断るとどうだろうな……息ができないとかかな……。なんかだいぶ深々と呪ってる感じですかね……。
無理やり縁を結ばれてから、狼もとい大噛は一つ諦めたように、ぽつぽつと日辻と言葉をかわすようになっていた。無理やり呼ばれて、勝負を挑んで、負けて、その後のお話タイムが生じるようになっている。その内、勝負に負けたら「制約」もとい罰ゲームを一つ課せられるのが慣例になった。罰ゲームの内容は色々。
現代に至るまで、今のところ良いところまでいっても手合わせで大噛は日辻に勝てた試しがない。手合わせと言っても、初回から今に至るまで毎回大噛は日辻にトドメ刺しに行くつもりで挑んでいるのだが、結局は日辻が大噛をボコボコにしている。人間文化との出会い(大正~昭和)
罰ゲームの一環で昔の話とか大噛のことを色々聞きだしていた日辻は、話の流れで彼が人間に紛れて暮らしていた頃の話を聞いた。大噛から話を聞くまで、日辻にとって人間とは山の中で偶然出会う(その後SAN値が消し飛ぶ)か、もしくは山中の湖の心中死体の印象しかない。一緒に暮らす、というのは考えもしなかった。
「大噛という、私にとって何より面白い存在が一緒に暮らしてみたいくらいに人間は面白いのか」と、1910年代に人里に下りてみる事を始める。そのために人間にちゃんと寄せた外見を作ることにしたのもこのタイミング。
ちょうど近代文学が花開き、社会は西洋文化が入ってき始めた刺激的な時代だった。も~~面白くてたまらない!大噛を連れ出して活動写真観(=映画館)に一緒に行ったりしてる。
書店や本の存在を知った・初めて手に取ったのもこの時期。読み書きを習得し、芥川龍之介や谷崎潤一郎、太宰治などの文豪達の本をリアルタイムで読み漁る。現代(ぬいぐるみとして人間と同居)
人里に行くのに不便もないしと住処としてはずっと山を離れることもなかったが、この度思いつきから人里で「住む」ことを決める。そのために選んだのがぬいぐるみの姿。目に止まった人間に拾われる形で家に入り、じわじわと「ぬいぐるみがうごくのはおかしくない」と思考に刷り込めばいいかあ~と考えていた。思考の誘導とか洗脳とか常識改変とか、その辺りの事を息をするように手段として考えている。(※日辻は自分のことを無害で穏やかな存在と思っています)
同居人と言うか家主の人間についての設定は夢を見る空白であってほしいと思うので、共通設定として家主が「案外大物(もしくは日辻があえて何かしなくても受け入れてしまえる精神状況)で、洗脳せずとも受け入れてくれた」ことで、日辻は「面白い人間」と家主を認識。興味を抱く。
存外快適に過ごしているうちに、大噛を連れてくる事を考える。当然彼に拒否権はない。呼んでそうそう、せっかくだからとぬいぐるみの姿にさせた。かわいいから。
動けるし喋るぬいぐるみというのがバレてそう間もなく、家主には人間形態になれることも明かす。明かす前も、家主がいない時には人間の姿になって家主の家の本を読んだりしていた。ぬいぐるみの短い手ではページがめくれないので、家主不在時は堂々と人間の姿でいるんじゃないかな……。スマホも裏ルートで契約していそう。面白いと思ったらやると思う。






